ルルーシュと喧嘩をした。
 と言っても、どちらかと言えば彼が一方的に怒り出した感じだ。原因が僕にあることは分かっているのだけれど、それでもそこまで怒られるほどのこととはあまり思えない。
 事の起こりは数日前。あれはバレンタインの日だった。
 おおよその予想どおりというか、彼はたくさんのチョコをもらっていた。断れる限りは断っていたようだったけれど、いつの間にか机の引き出しの中などに置かれていた物であったり、半ば押し付けられるようにして受け取ってしまった物だったり、普段から親しくしている生徒会メンバーからの物だったりで、それなりの数だった。
 ちなみに生徒会のみんなは僕にもくれた。こういう行事とは縁がなかったのでなんだかこそばゆかったけれど、その気持ちがとても嬉しかったので素直に受け取った。―――そういえばリヴァルは会長さんからもらったとき半泣きだったなぁ。
 ところでバレンタインにチョコをあげるというのは嘗ての日本だけのイベントじゃなかったっけ?という素朴な疑問をルルーシュにぶつけてみると、「その風習を会長が知って、面白がって広めた結果だ」だそうだ。その答えをくれたときのルルーシュの顔は苦虫を噛み潰したように眉間に皺が寄っていたがそれはさておき。
 そんな日でもいつものように彼は僕を部屋に呼んでくれた。昼間もらったチョコたちを部屋の隅に押しやるルルーシュに正直な感想を漏らしたところから始まる…。

































  Bitter Chocolate





































「それにしてもすごい量だね。去年もそうだったの?」
「去年より多い気がする。―――会長も、余計なことばかりしてくれて……」
「そんなこと言うもんじゃないよ。女の子たちは、みんな好意で君に贈ってくれてるんだから」
「好意だと言うのなら、贈られた側のことも少しは考慮するべきだろう。これだけの量を俺にどうしろと言うんだ」
 眉間の皺は相変わらず寄ったまま、不機嫌極まりないといった様子のルルーシュ。
「でも、君甘いものそんなに嫌いじゃないだろ?」
「限度があると言ってるんだ!それに、嫌いじゃないって言ったって、別にそこまで好きってわけでもないんだ。こんな量、見ただけで胸焼けがする!」
「―――ははは。でも日持ちするんだから、大丈夫だよ」
 思わず苦笑しながら言う僕に、驚いた顔をしてルルーシュが振り向く。
「っ、おま、まさかこれを全部食べろと言ってるんじゃないだろうな!?」
 その言葉に今度は僕が驚いて答える。
「え?食べないの?」
「食べるわけないだろう、こんな量!俺を糖尿病にする気か!」
「まだ若いんだから大丈夫だよ。それに、食べないんだったらどうするつもりだい?」
「若さなんか関係あるか!適当に処分するに決まってるだろう!」
 処分!
 いくら食べ切れそうにないからってそれはない。食べ物を粗末にすることになるし、女の子たちにも失礼だ。
「処分って―――。それはあんまりじゃないかな。折角君のことを想って贈ってくれたものなのに」
「生憎と気持ちの押し売りは受け付けていない!―――だいたい、こういうのは好きな奴からもらえないと意味がないだろうっ」
 ……ルルーシュの、好きな―――。
「―――?それって……?」
 思わず首を傾げる僕に鋭い一瞥が与えられる。
「―――スザク。お前からは何もないのか?」
「?なんで?」















 ―――今にして思えば、嫌味たっぷりだったルルーシュの問いに、本心からの疑問で返してしまった僕もいけなかったのだろうとは思う。常々空気が読めないと言われている僕が、空気を読むのも大事なんだなって真剣に思ったのはこれが初めてかもしれない。
 申し訳ないと思わないわけでもないけれど、流石にこればっかりはどうしようもないと思うんだよね。だって僕はこれでも男だよ?(そもそもこれでもって言い方すらどうかと思うくらい疑いようのない男だ)いくら僕たちが付き合ってるからって、バレンタインにチョコをあげるのはなんか違うんじゃないかな。これが誕生日やクリスマスなら責められても仕方がないと思うけど、バレンタインって、言ってみれば女の子の為の日だよね?なのにどうして男の僕がチョコをあげないといけないの?
 ―――などという思いが僕にも生まれて、すっかり機嫌を損ねてしまった彼に自分から謝るのは少し躊躇われた。
 お陰でもう一週間ほどは彼と口をきいていない気がする。寂しい―――と思わないわけではもちろんないけれど、自分が悪いとはどうしても思えない。そんなことで臍を曲げてしまうなんて、全く変なところでルルーシュは子供っぽいと思う。
 けれどルルーシュだって本当に子供ってわけじゃないんだ。頭の良い彼のこと、近いうちにその考えを改めてくれるだろう。
 ……そんなふうに思っていたのに、まさか自分が折れることになるとは―――。
















 それは、クラブハウス内で偶然ナナリーに会ったときのこと。
 最近妙に空気がぴりぴりしているルルーシュのことが心配で、けれど何かあったのかと問うても何にもないよと笑顔の一点張り(当然だ。ルルーシュがナナリーに心配を掛けるようなことをいくらかでもするはずがない)。それが返って心配なのだと訴えるナナリーに、つい本当のことを言ってしまった。ナナリーは僕たちのことを知っていて、ちゃんと理解してくれているので。するとナナリーも本当のこと(と言うには些か大袈裟だけれど)を教えてくれた。
 ルルーシュは、実は僕が思ってた以上に僕からチョコをもらえるのを密かに楽しみにしていたようなのだ。もちろんそれは口に出して言われたものではなく、ナナリーだからこそ感じられたことなのだろう。彼女曰く、「バレンタインデーの数日前からお兄さま、なんだかそわそわしていましたから」。







「……そう、なの?」
「はい。お兄さまらしくありませんでした。去年のバレンタインデーでは大変な思いをしたと言ってらしたのでそのせいかとも思ったんですが、それにしては少し違う感じがしたので……」
 そのときのルルーシュの様子を思い出しながらなのだろう、小首を傾げながら語ってくれる。
「……でも、どうして僕のことだって?」
「お兄さまが楽しみになさることなんて、スザクさんのことしかありませんもの」
 可愛らしい笑顔で、自信たっぷりに言うナナリー。ここは喜ぶところなんだろうか……。
「……でも、僕は……」
 そんなルルーシュの期待を裏切ってしまった。そこまで悪いことをしたとは思っていなかった僕だけれど、彼がそんなに待ってくれていたなんて。急に罪悪感が込み上げてくる。変に意地にならずに、素直に謝っていればよかったのかもしれない―――。
「―――今からでも、プレゼントしてみたらどうでしょうか?」
「……え?」
「一週間遅れですけど、スザクさんからのチョコレートなら、きっとお兄さまも喜んで下さいます」
「………そう、かな?」
「はい!」
 満面の笑みで答えるナナリー。他でもない彼女がそう言うのなら、僕も少し自信が持てる。
「……じゃあ、そうしよう、かな……」
「それでしたら、ここのキッチンを使って下さい。咲世子さんにも手伝ってもらえるよう、お願いしてみますね」
「―――へ?」
 キッチン?咲世子さん?
「……どういう意味?」
「折角プレゼントするんですから、手作りの方がいいに決まってます。大丈夫です。そんなに難しくありませんから。わたしも、手作りしたものをお兄さまにプレゼントしたんですよ」
「―――え、でも、手作りって」
 そんな、いかにも女の子みたいなこと―――。男の僕がするのは、ちょっとどうなんだろう。それより何より、流石に恥ずかしいんだけど……。
「手作りの方が気持ちがこもると思うんです。きっとその方がお兄さまも喜びます」
「………そ、そう…?」
「はい!」
 ―――ああ、この子の笑顔には敵わない。「ルルーシュも喜ぶ」の言葉もかなりの決定打だ。
 ……ひょっとしたら単純に、僕はこの兄妹に弱いだけなのかもしれない。まぁ、それも仕方がないのかもしれないし、この兄妹にだったら、振り回されたって構わないさ。
「―――じゃあ、お言葉に甘えることにするね。……ナナリーも、手伝ってくれる?」
「―――はい!」




















 考えてみれば、男とか女とかに拘っていた僕の方が悪かったのかもね。君が欲しいと言うのなら、きっとそれだけでよかったんだ。
 一週間も遅れてしまったけれど、君は受け取ってくれるだろうか。最悪、ナナリーの名前を出せば大丈夫だろう。―――なんて、ちょっと卑怯かな?でも、それくらいのズルは許してくれるよね。ナナリーに弱いのはお互い様なんだし。
 せめて甘いものがそこまで好きじゃない君の為にビターにできないか、咲世子さんに相談してみよう。形が不格好になっても、それはご愛嬌ってことで。





































08.02.09




 2008年2月にあったルルスザオンリで無料配布本として発行したお話の再録でございます。
 今更バレンタインだなんてツッコんではいけませんそんなの管理人が一番分かってます…。
 ちらりと読みたいというありがたいお声を頂いたので、もう一年も経つし無料配布だったし、そろそろ時効だろうと再録させて頂いた次第です。
 読み直しててすごい加筆修正したい…とは思いましたが、それし始めるといつまで経ってもアプできないし、同じ内容でないと意味がないかな…とも思い、あえてそのまま…。
 ある意味とんだ羞恥プレイ…。
 まだ二期始まる前だったのもあってスザクが恐ろしく乙女です…ってウチのスザクはそれでなくても大概乙女ですよね…。
 管理人の中のスザクが基本ルルにベタ惚れというどうしようもないスザクなので書くと自然と乙女スザクになるんです苦手な人はほんとすみません…。

 ところでこの本の後書きにも書いたんですが、このスザク、不思議なほど全然女の子たちに嫉妬してないという…。
 実はコピー直前になって最後の一行を消したのです。
 コピーの順番待ちの間に読み直してて「あ、ここはいらないな」と思ったので。
 しかしそのことは覚えていても、その消した一文がどんな一文だったのかさっぱり覚えてなくて。
 でも消したのはコピー用の原稿のみでPCにある原文はそのままだったのも覚えたので、今回それをやっと見直してみました。
 ―――うん。
 その消した一文でしっかり嫉妬はしてましたスザク!(笑)
 文章そのものはともかく、別にいらなくはなかったんじゃないかなと今になってみれば思います。
 何を思って当時のわたしはこれを消したのか…。
 …このときコピーの順番待ちしてたのって、予約してた夜行バスが雪の為運行休止になって(昼間電話したときは大丈夫って言ってたのに…!)、急遽新幹線に替えて深夜東京駅に着いて、終電ぎりぎりで乗り換えて24時間営業のキン○ーズに到着した後…だったんですよね…。
 夜行バスで寝る気だったのでそれまでほとんど寝てなくて、運悪く一週間ほど前から母が入院してて(今母は全然元気です)家事もしなきゃならなくて、もうなんていうかヘロヘロだったときだったんですよ ね…。
 要するにちっとも頭の働いてない状態だったわけで…。
 何を思って消したのかなんてもうさっぱりです…。
 いろいろイレギュラーは起こるものです皆様何事もぎりぎりはいけませんほんと!