後方不注意
「スザクくん、恋人できた?」
ぶふぅっ
飲んでるものを噴くなんて本当にあるんだとそのとき初めて知りました。
「大丈夫!?スザクくんっ」
「っ、大丈夫です。すみません…」
勢いよく噴いたせいで僕自身は大丈夫だけど、机に広げていた教科書とノートが大丈夫じゃない。
乾かせばまだ使える―――けど、紅茶の匂いはしばらく残りそうだし、染みは消えないだろうなぁ。こっそり溜め息を吐いた。
ぱたぱたと給湯室から台拭きを持ってきて紅茶まみれの教科書たちをセシルさんが拭いてくれる。
「そんなに変なこと訊いたかしら?」
―――こっそりどころでなく盛大に溜め息を吐きたくなった。
僕が紅茶を噴いたことでさっきの質問が忘れ去られてくれないだろうかという淡い期待は脆くも崩れ去る。
「いえ、いきなりでちょっとびっくりして―――」
嘘は吐いてない。
全部ではないけど。
「ごめんなさいね。そんなに驚くとは思わなかったから…。―――で、できたのかしら?」
謝ってくれるくらいならいっそその質問ごとなかったことにしてもらえないだろうか―――。やけに目を輝かせて答えを求めてくるセシルさんに、また溜め息を吐きたくなる。
…女の人ってホントこういう話好きだよね。
「…なんで、できたと思うんですか?」
「女のカン」
「――――」
(今語尾にハートマークが見えた…。)
「というのは半分冗談で。―――最近、スザクくん素敵な顔するようになったから」
―――素敵、って…(ていうか半分なんですね)。
「……そう、ですか?」
「ええ。とっても幸せそうに微笑うようになったわ。見てるこっちが嬉しくなるくらい」
自覚は全くないんだけど…セシルさんが言うのだから、多分本当なのだろう。
…そんなふうに、微笑えているんだ…。
「それに、色気も出てきたわ」
「―――は?」
色気?
「あれは絶対恋人がいないと出せない類いのものだと思うの。…まぁ十七歳なんだから、早いってことはないと思うけど…」
何がですか。何が早いんですか。早い遅いって何の話ですか。
「スザクくんのお相手だもの、きっと素敵な子よね。―――どんな子?よかったら聞かせてくれない?」
いやいやいやいやいやいやいやいや。
女性にこんなこと言うのは失礼だと思うけどセシルさん、今絶対気持ちは十七歳ですよね。
えーとちょっと待って一体なんでこんなことになってるんだ?
物理で分からない課題を教えてもらってたんじゃなかったっけ?それがどうしていつの間にか恋バナになってるんだ?ていうか僕まだ最初の質問に答えてすらいないんですけどひょっとしてもう恋人できたこと前提で話進んでますか?
まいったなぁ…。話逸らそうにも、この食いつきっぷりじゃそれも難しそうだし…。
「あ、もちろん言いたくなかったら言わなくていいのよ?プライベートだもの。ただね。知っていたら、もし何かあったときに相談に乗ってあげることもできると思って」
「―――は、い……」
……そうだよな。セシルさんだもん。ただの興味本位なわけないよな。僕のこと心配して言ってくれてるんだ。
すみませんセシルさん、ちょっとでも疑ったりして。
「―――恋人というか……そんな感じの人、なら……います」
「どんな子?」
……あんまり具体的には言えないけど…ちょっとなら…いいかな…。
「……優しい人、です」
「…ちゃんとスザクくんのこと、好きでいてくれてる?」
「―――自惚れてるわけじゃないですけど、多分……好きで、いてくれてると、思ってます」
「―――そう」
とても嬉しそうに微笑むセシルさん。
「それならいいの。―――やっぱり、そういう気持ちってとても大事だもの。お互いがお互いを好きでいて大事に思いあってるなら、これほど幸せなことってないわ」
「―――そう、ですね」
セシルさんの言葉を聞いて脳裏に浮かぶのは、優しく微笑む美しい彼の姿。艶やかな黒髪に、深い深い紫の瞳。例えば彼が頬杖を付きその紫を伏し目がちにする、そんな些細な仕草にさえも、この心臓は激しく音を立てる。
「…その子って、可愛い子?綺麗な子?―――格好いい子?」
「……綺麗で、格好いい人、です」
―――……ん?格好いい……?
「そうなの―――。もし写真でもあれば、今度見せてちょうだいね」
ちょっと待って下さい。
普通女の子に格好いいとか使いませんよね?そりゃ格好いい女性もいますよ。けど可愛い綺麗に並べて使う形容詞じゃないですよね。あれ?セシルさん、どういうつもりで格好いいなんて訊いたんですか?思わず言っちゃった僕も僕だけど、あれ?あれ?
「あ、もう休憩時間終わりね。課題の続きは次の休憩時間に教えてあげるわ」
「―――は、い……」
―――まさか、ね。相手が女の子じゃないなんて僕一言も言ってないよね?分かるはずないよね?分かるはずない―――んだけど、なんだろう。なんて言うか、物凄くバレバレな気がする。なんでだろう。セシルさんだから?それとも、セシルさん曰く女のカンってやつなのか?
幸いにも変な目で見られてる感じはしないから、僕から訊くのはやめておこう…。なんか墓穴を掘りそうな気もするし…。ていうか怖くて訊けない…。
女の人って…怖いんですね…。
なんとなく、ひょっとしたら、って思ってカマかけるような訊き方しちゃったけど、やっぱり私の予想は当たっちゃったのかしら。スザクくんて本当に素直な子ね…。…まぁ、スザクくんが幸せなら、私が口を出すことじゃないんだけど…。
…もちろん女の子でもそんなことする子はいるだろうけれども、スザクくん。見える位置にキスマーク付けるのやめてって言っておいた方がいいと思うわ。本人には見えなくて他人に見える位置、なんて牽制以外の何ものでもないじゃない…。
スザクくん、苦労してないといいけど…。
ルルスザと言い張ってみる…。
ルルたまがスザきゅの頭の中にしか登場しませんでしたが、これはルルスザです…。
ていうかセシルさんがなんだか偽者ですみません…。
大人の女性って難しい…。
ていうかセシルさんが掴めない…。
またしてもギャグにしようとして微妙に失敗してるし…。
個人的にはスザきゅに紅茶噴き出させることができて満足です。
そして目一杯あわあわ言ってるスザきゅが書けて満足です。
ちなみにセシルさんはもちろんスザクを心配もしてますが、興味本位も半分くらいはあったと思います。
スザきゅ、見事に丸め込まれてます。
その丸め込まれっぷりも書けて満足です。