「じゃあ行くか」
「―――へ?」
 今日は昼間にルルーシュからクラブハウスに来ないかと誘われていた。いつものように夕食の誘いではなかったのが少し不思議だったけれど、何か話でもあるのかと思いその場では特に追求しなかった。
 そうして訪れたクラブハウスで、出迎えてくれたルルーシュにいきなりこう言われた。今来たばかりだというのにどこに行くというのか。
 戸惑うこちらにはお構いなしに速やかにクラブハウスの扉を閉め、スザクを置いてずんずん行ってしまう。校舎の方角だ。
「ちょ、ちょっとルルーシュ。どこ行くんだよ」
「行けば分かる」
「――――」
 一体なんなんだ。ルルーシュの勝手さは今に始まったことではないが、ここまではなのは久しぶりかもしれない。しかし訊いても答えてくれそうな雰囲気ではないので、仕方なく黙ってついて行く。彼が手に持っている紙袋も気になるが、やはり訊いても答えはなさそうなので触れないことにする。


 間もなく校舎に着くと、まるで自然な動きで扉のロックを外すルルーシュ。
「―――ルルーシュ、それ……」
「後で戻しておく。これくらい大目に見ろ」
 当然一般の生徒であれば解除コードなど知るはずもないが、そこはあのルルーシュだ。生徒会副会長という立場上知っているだけなのか、それともスザクには知る術もない方法で知り得たものなのかは、それこそスザクには知る由もない。
 本来なら咎めるべきなのだろうが、ルルーシュに対してこういうことを言い始めるとキリがない。どうせのらりくらりと言い逃れられるに決まっているのだし、そもそもスザクはルルーシュに口で勝てた例しはない。
「……悪用はするなよ」
「こんなもの何に悪用するって言うんだ。大袈裟なんだよ、お前は」
 それを少しでも言おうものなら、こんなふうに倍になって返ってくる始末だ。この場で長々と説教する気にもなれないし、仕方なくこの程度に止めておくことにする。
 校舎内に入ったルルーシュは、変わらず先に進む。その後を歩きながら再び訊ねる。
「…どこまで行くつもりだい?」
「黙ってついて来い」
「――――」
 思わず溜め息が漏れる。
 とりあえず言うとおりにするけれど、警備員に見付かったりしたらどうするつもりなのだろう。ルルーシュのことだからそのときはそのときで巧い言い訳を用意しているのだろうが、これってきっと立派な校則違反だ。スザクとしては気が気じゃない。
 ルルーシュの足は階段を上り続け、ついには屋上の扉を開くところまで来た。
 夜風が頬を撫ぜていく。
「…ここが目的地?」
「ああ」
「目的は?」
 その質問には答えることなく、彼は夜空を見上げている。ここは租界で、夜でも街の明かりのせいであまり星は見えない。それでもなんとかしてそれを見ようと、目を凝らしているように見える。
「……ルルーシュ…?」
「覚えてるかスザク。七年前、お前がどこからか望遠鏡を持ってきて、星を見ようと言いだしたのを」
「……ああ、あったね。そんなこと」
「あの頃は今と違ってそんなものなくても星は見えたが、望遠鏡で見ると言うのが特別な感じがして、お前は妙にはしゃいでいたな」
「…恥ずかしいから思い出させないでよ……」
 夜だと何かと危ないし、ナナリーをずっと起こしておくのもよくないと思ったので二人だけでこっそりと。
 七年前のあの輝かしい夏のことは、まるで昨日のことのように思い出せる。いいことばかりではなかったけれど、それでも大切な、宝物だ。
「―――けど、途中で雨が降ってきて見られなくなっただろう?お前すごく悔しがって……」
「…うん。そう…だったね……」
「だから次の機会に―――って約束したのに、お前壊すんだもんな…」
「あ、あれはうっかり落としちゃっただけだよっ!」
「望遠鏡なんてものを振り回してたお前が悪い」
「うっ」
 今と違って乱暴者だったスザク。望遠鏡のようなものを落とせば壊れることくらいは当然分かっていただろうが、振り回すイコール落とすかもしれない、という発想はない子供であった。
 ―――ちなみにそれは落とした、と言うよりはどちらかと言うと投げ付けられた、が正しい。振り回していたスザクの手からすっぽ抜けたことが原因で。当然それをちゃんと覚えているスザクに反論の余地はなかった。
「結局一度も望遠鏡を使うことはできないままで―――」
「…うん……」
 夜空を見上げながら話すルルーシュは、何が言いたいのだろう。例えば今彼が望遠鏡を手にしていればその話に繋がるのは分かるが、もちろんその手にはそんなものない。肝心の星だって、街の明かりが邪魔してよくは見えないというのに―――。
「望遠鏡は用意できなかったが、またお前とこうして星を見たいと思っていた。―――生憎、昔のようにはっきりとは見えないがな」
「…ルルーシュ。ここに連れてきた目的って、これ?」
「半分は。後半分は―――もう少し待て」
「……?」
 携帯電話を見ながら言うルルーシュに首を捻る。時間を確認しているのだろうか。
 しかし今日のルルーシュはさっぱり分からない。
 こうして二人でゆっくり話せる機会はあまりないので、二人でいられるだけでも別に悪い気はしないのだが―――。やはりはっきりしないのは何か落ち着かなくてそわそわする。
 もう少し待てって―――どれくらい?


 それからしばらくは、ぽつりぽつりと話をした。七年前の思い出話だったり、学園(主に生徒会)での話だったり。



「そろそろアーサーのことは諦めた方がいいんじゃないか?そのうち指を食われるぞ」
「いいや、まだまだ!絶対仲良くなってみせる!」
「ははっ。まあ頑張れ。―――、時間だ」
「え?」
 時間?先程言っていた『もう少し』が経ったのだろうか。
 再び携帯電話で時間を確認したらしいルルーシュはこちらに向き直ると、いつもの皮肉めいた笑みではなく優しいそれを浮かべて口を開いた。
「誕生日、おめでとう」
「―――……え?」
「今、日付が変わった。今日は七月十日。お前の誕生日だ」
「――――」
 ああ、そういえば今日―――もう昨日か―――は七月九日だった。ここ何年も自分の誕生日なぞ関係ない日々を送っていたので気にも留めていなかった。きっと言われなければ気付かずに一日が終わっていただろう。ルルーシュは―――彼に誕生日を教えたのはもう七年も前のことだというのに、覚えていてくれたのだろうか―――。
「……覚えてて、くれたの……?」
「当たり前だ。忘れるわけないだろう。七年振りに祝えると思っていろいろ考えてたんだ」
「――――」
 自分でさえも忘れかけていたのに、それを彼はちゃんと―――。
 ああどうしよう。胸が痛くて苦しいよ。
「プレゼントも考えたんだが―――。これを見付けたときに、お前のことが頭に浮かんでな。これだったらお前も気に入るだろうと―――」
 言いつつ彼が差し出したのは、彼がずっと持っていた紙袋。自分の為のものだったのか―――。
「……開けていい?」
「ああ」
 中には控えめにラッピングされた包み。それを丁寧に開ける。
「―――わ、可愛い……」
「安物で悪いな。…それ、配色がアーサーに似てるだろう?」
「あ……」
 全体がグレーで、目元に黒ブチのある猫のキーホルダー。確かにアーサーを彷彿とさせる。
「………」
「……気に入らないか…?」
「っ、ううん、そんなことない!ほんとに、アーサーっぽくて、可愛いよ……。……その……え、っと……」
「―――?なんだ?」
「……ありが とう……。…プレゼントも、だけど……誕生日だってこと……すっかり忘れてたし……」
「―――だろうと思った。安心しろ。ちゃんとナナリーもプレゼントを用意してる。……驚かせるつもりらしいから、俺が言ったって言うなよ」
「う、ん―――」


 優しい―――優しい兄妹たち。僕の大事な人たち。ああ本当に、大好きだよ。
 だんだん胸のあたりがあたたかくなってきて、ほんわりとする。そして目元が熱くなってきて―――。


「っ、こら!なんで泣く!」
「……え……?」
 言われて触れてみると、微かに涙が零れていた。
「本当にお前は―――。祝ってもらって泣く奴があるか!」
「…だって……」
 これは、きっと言葉にできない想いが溢れたものだから。
 七年前、独りになったときから誰からも―――自分でさえも―――顧みることのなかった自分が生まれた日。それを七年も離れていた人たちが覚えていてくれた。心に留めておいてくれた。そしてこうして祝ってくれた。普通ならきっと当たり前のことが、自分にとってはこんなに特別で、こんなに嬉しくて仕方ない。
 何と言ったらいいのか分からない。ただ嬉しくて嬉しくて、彼らのことがいとおしくて堪らなくて。
 昔から涙脆いのは自覚していたけれど、自分のことで泣くのなんてほとんどなかったというのに―――。
「―――しょうがない奴だな。ナナリーの前では泣くなよ。ナナリーが困る」
「…うん……」
 溜め息混じりに、それでも優しい顔で言われた言葉に思わず笑いが漏れる。涙を止めようとして言ってくれているのだろうが、半分は本気に違いない。
「……ルルーシュ」
「ん?」
「―――ありがとう」
 未だ涙の滲んだ瞳に、それでも笑顔を乗せて伝える。ありきたりな言葉しか浮かばないのが歯痒くて仕方ないけれど、せめて精一杯の気持ちを込めて。
 スザクの言葉でほんの少し照れたように笑うルルーシュに、どうしようもなくいとおしさが募る。
 ああ、やっぱり
「好きだよ、ルルーシュ」
「っ、なっ、なんだ突然!今はそういう話じゃなかっただろう!」
「うん、でも、好きだなぁって思ったから」
「なんでもかんでも思ったことを言えばいいってもんじゃない!もう少し話の流れってものがあるだろう!前からいつも言ってるが―――!」
 頬を赤くしながら説教を始めるルルーシュを見詰めながら思ったのは、冬に訪れる彼の誕生日のこと。
 七年前は祝ってあげられなかったから、今度こそはちゃんとお祝いするよ、ルルーシュ。


























君とまた空を見られますように



























(ところで、こんなところまで連れてきたのってひょっとして、一緒に星を見ることもプレゼントのうちの一つなの?)
(―――ま、まぁな)













(一番に祝ってやりたかったからというのは絶対に言わないからな!)

























08.07.22




 去年より遅すぎる完成のスザ誕…。
 全力で土下座…。
 そして二期放送中の空気も読まずめっちゃ一期設定…。
 なんかもうほんとすみません…。
 愛だけは込めまくったので許してくださ…。

 ちなみに元ネタはバ○プの天/体/観/測…。
 久しぶりに聴いてたらこれなんてルルスザ…!?とかうっかり思っちゃったので…。

 タイトルが去年のスザ誕と似てるのに対して意味はありません…。
 たまたま星繋がり(て言っても去年のはタイトルにしか星出てきませんが…)になっちゃったので、いっそ揃えちゃえーみたいな感じで…。
 もし来年もまだギアスやってたらこれのせいで苦しむのは自分だというのに…。
 そして去年のスザ誕はルル視点だったので今度はスザクで。
 ていうかラストのルルが無駄にツンデレな件^^

 しかし本当にここの管理人はスザクを泣かせるのが好きすぎると思いますだって気が付いたら泣いちゃってるだもんこの子…。