きれいな指。きれいな顔。きれいな髪。きれいな肌。きれいな瞳の色。目の前の人を構成するものがあまりにもきれいすぎてすっかり魅入ってしまっているうちに、そのきれいな顔が信じられないほど近くにきていた。
「………っ、」
自分がされていることを理解したのは、僕の唇をぺろりと一舐めしたなんとも意地の悪い、けれど楽しげな笑みが浮かんだ顔が離れていく頃だった。その重大さに気付いて、あっという間に頬が熱くなるのがわかる。
「っる るーしゅ……せんぱい………?」
動揺のあまりなんともみっともない声が出てしまう。うまく舌が回らない。どうしよう。恥ずかしい。みっともない。ばかみたいだ。
そんな僕に目を細めてまた楽しそうに笑う先輩。その様でさえきれいだと思う僕はどうかしているのだろうか。
「………ど うして………?」
震えそうになる身体に心の中で叱咤しながら、しかし止めることの叶わなかった震える声。何か言って欲しい。そんな顔で笑ってないで、何か言って欲しい。まるで愚か者のようになってしまった僕を放っておかないで欲しい。
「……だってお前、俺がすきだろう?」
「、は」
やっぱりきれいに薄く笑いながら、まるでそれが世界の理であるかのように当然と紡ぐ。この人は賢人かなにかなんじゃないかしら。きっとあらゆることすべてを知っているに違いない。だってそうでもなければ、どうして心の奥底にひたかくしにしてきた僕の醜い気持ちを明らかにできるというの。
ほんとうに楽しそうに笑っているきれいな人。でもどこか酷薄にも感じられる。普段は優しげであるこの人のこんな顔は初めて見た。笑いながらぷちぷち蟻を潰している小さなこどもみたいだ。
―――それならきっと、僕はそのちっぽけな蟻なのだろう。
莫迦みたいにぽかんとしている僕に先輩はまた唇を寄せる。さっきと違って莫迦みたいに開いていた僕の口に、なにやらぬるりとしたものが入ってくる。ぬるぬる。生き物のように動きまわるそれに、うまく息ができない。
「……っん…ぁ、はっ……ん、んっ……」
苦しくて酸欠になってきた頃にようやく解放された。そのときには頭がぼぅっとしていて、ただでさえ回りの悪い頭がさらに回らなくなっていた。僕のものなのか先輩のものなのか知れない唾液が僕の顎を伝っていくのがわかった。
「……はっ、はぁ……―――せ んぱい…?」
せわしなく呼吸をしながら、いつの間に釦を外されていたのか肌蹴られた僕の平べったい胸に顔をうずめる先輩にそこでよくやく気が付く。
鎖骨のあたりにちりっとした痛みを感じる。それからまたなにやらぬるりとしたものが這う感触。なまあたたかいそれはまるで僕の心臓を取り出そうとしているかのようだ。取り出したあとはどうするのだろうか。やはり食べてしまうのだろうか。先輩に食べられてしまうのならそれもいいかもしれない。ああ、それでも
「………いたく、しないで くださいね………」
「――――」
よくわからない考えにとり憑かれたままよくわからないことを口走る。それを聞いた先輩は数秒動きを止めると変にじっと僕を見詰めた。世界で一番きれいな宝石を嵌め込んだようなきれいなむらさきいろの瞳。きっとこの色以上にきれいなむらさきなんかこの世に存在しないに違いない。この瞳が手に入るなら。この瞳が手に入るなら―――。
「きもちいいことしかしないさ」
さらに笑みを深くしながら、けれどその瞳は肉食獣のそれのようで。耳に流し込まれた、これまで聞いたことのない声音に背筋がぞくりとする。頭がぼんやりしたままなので言われたことがよくわからない。ただなんとなく、僕が口走ったことの意味を履き違えられてしまったような気がする。そういう意味で言ったつもりはなかったんだけどな。ああでも結局のところ、僕の身体中を這う先輩のきれいな指を拒めるわけなんかないのだから、それでよかったのかもしれない。
急速に身体が熱くなっていく。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息が乱れて、容量の少ない頭の中が、僕の身体を好き勝手にする目の前の人でいっぱいになる。とてもとてもきれいなひと。僕はあなたのその瞳が欲しいです。
「……っ、せ んぱいは………ぁっ、………、ぼく、の こ と……っ……?」
先輩の指が、舌すらも止まってくれないので、一向に整わない呼吸のまま口にする。すっかり熱に浮かされてろくに何も考えられない頭のまま。肝心なところがどうしても言えなかったけれど、それでも訊かずにはおれなかった。だってこういうことはすきなひと同士がすることだ。でも先輩は僕にそういうことしようとしてる。なら、じゃあ、先輩は―――?
そんな僕を尻目にやっぱり先輩は指を止めようともせず、相変わらずきれいに薄く笑いながら何も言ってはくれない。いやだ、いやだ。先輩になら食べられたって何されたって構わないけど、本当に本当にそう思ってるけど、けど何も言ってくれないのはいやだよ、せんぱい。
「―――っ、せ、んぱい………っ!」
先輩の制服の裾をぎゅうっと握って引っ張って必死に訴える。先輩はどうしてこんな僕を?触ったってただ硬いだけのつまらないこの身体を、どうしてそんなに楽しそうに触るの?せんぱい。せんぱい。きっとぼくはおいしくなんかありません。
「…いい子にしてたら教えてやるよ」
―――なに、それ。
壮絶なまでにうつくしく嗤いながら、小さな子に言い聞かせるように囁くきれいなひと。そんな子供騙しで誤魔化せると思っているのだろうか。けれど実際に誤魔化せてしまう僕はすっかり見透かされてしまっているのだろう。やっぱりこの人は僕のことなどすべてお見通しなのに違いない。それなら僕の悪足掻きなど意味のないことだ。もっとも、その悪足掻きでさえ自分への言い訳に過ぎなかったのかもしれないけれど。だってほら、先輩のそれはまったく答えになっていない答えだったにもかかわらず、そんな一言で身体に力が入らなくなるのだから。
わずかに先輩を押し退けようとしていた腕がするりと押さえ付けられていた机に落ちた。そのまま僕の身体を机に押し付けて覆い被さってくる。―――ああ、これから本格的な蹂躙がはじまるのだろう。僕は、捕らえられた獲物だ。首を噛まれて引き倒されて、ただ食べられることしかできない。けれどせんぱいの胃袋におさめられるのなら、それもしあわせなのだろう。せんぱいにむしゃむしゃ食べられる自分を想像しながら、ぼくは黙って目を閉じた。
おおかみに恋したしろうさぎ
雰囲気えろすを目指して失敗した結果です…。
えろすは難しい…。
しかもすっごい中途半端なところで終わってるし…。
色々限界でした…。
もしまだ頑張る気が起きればこの続きを書くことがあるかもしれませんが……読みたいですか…?(訊くな)
先輩ルルーシュは通常のルルよりヘタレ度が低いですね!
やたら強気なルル様が書いててちょっと楽しかったです。
後輩スザクはって言うと通常より気弱ですね!
頭捻りまくった挙句苦し紛れにうさぎってタイトルに付けましたが、あながち外れてもいないかもしれません。
ちなみにただのうさぎでなくてしろうさぎにした理由は特にありません。
ただの語呂合わせです…。
しかしスザクはこれくらいの方が書きやすいです、すみませんいつもながら乙女なスザクで…。
流石に偽者過ぎた…。
とあるところですっごく詰まってしまって長いこと抱えてたこのお話。
あんまりにも長いこと抱えてた気がしますが、そのせいでとにかく早く終わらせたかったこのお話(うおぉい!)。
ギリギリ二期前に終わらせられてほっとしました…。