とりぎ





























 一週間振りにスザクが登校してきた。かく言う自分だって数日は休んでいたので人のことは言えないが、そんなことを言ってるんじゃない。
 スザクが休んでいた期間は、リヴァルから聞いたところ俺と重なっていたという。それがほんの少しだけ、気掛かりだった。
 あいつは技術部に配属されたと言っていたじゃないか。技術部なら、たとえ戦場に駆り出されていたとしても前線に出てくることはないだろう。…まして、ナリタではナイトメアしかその出番はなかったはずだ。
 ―――確かに、人はたくさん死んだ。軍人になったとはいえ、あいつが人の死に慣れるとは思えない。
 もし、スザクがナリタに行っていたのだとしたら、たくさんのそれを見ただろう。七年前の地獄を彷彿とさせるような光景を。


 ―――だから、きっとそのせいだ。
 スザクが、やけに憔悴しているように見えるのは。
 それに、単なる俺の思い過ごしかもしれない。否、きっとそうだ。




 ―――だから、ちらりと見えたあいつの左腕に包帯が巻かれているのも、きっと腕を捻ったりしたせいだ。
 そうに決まってる。そうに―――。






「―――スザク」
「?…何、ルルーシュ。そんな怖い顔して―――っ、ちょ、ちょっと、ルルーシュ!?」
 無理矢理腕を掴んで―――もちろん無事な方の腕を―――スザクを屋上まで連れて行く。
 多少腕を引っ張られる感じはしたが、スザクがその気を出せば俺は敵わないので、本気で抵抗する気はないのだろう。大人しく俺に従った。









「…どうしたの、ルルーシュ。突然…」
 問うスザクは、全く心当たりなどないといったふうだった。
「お前、この一週間どこにいた?」
「…それは―――軍務で……」
「―――言えないのか」
「…ごめん…。規律違反だから……」
 俺の詰問に、途端に申し訳なさそうな顔をするスザク。規律違反に嘘はないのだろうが―――気に食わない。
「―――じゃあ、その左腕はどうした?」
「こ、れは―――ちょっと、捻っちゃって…」
 想像したとおりの答えが返ってきて思わず笑ってしまう。「ルルーシュ…?」それに不思議そうに首を傾げるスザク。お前はそんな見え透いた嘘が俺に通用すると思ってるのか?もし本気でそう思ってるのなら、お前は俺の何を見てきたんだ。
「見せてみろ」
「―――ぇ」
「俺はお前が軍なんかにいるのは不満だ。心配で堪らない。そんな俺がお前の怪我を看てはいけないのか?」
「、や、だって、捻っただけ、だよ?そんな、大袈裟な……」
「捻っただけでも心配だ。―――それとも、俺には見せられないのか?」
「っ、そ、れ は………」
 ―――スザク、お前は嘘を吐くのは向いてないよ。可哀相なくらい動揺して―――。自然と自分の視線が鋭くなっていくのが分かる。
 気に入らない。
 気に入らないんだ。
 俺もお前に隠していることがある。お前だって、全てを俺に話しているわけではないんだろう。それでも、それでも、お前が俺に隠し事をしているのが我慢ならないんだ。
 なんて自分勝手な感情だ。理解はしている。
 けれど、だからといって、お前についてのことを、譲る気は、ない―――。
「―――、あっ」
 俯いて困りきった表情をしていたスザクのその腕を強引に引き寄せる。その顔は、捻った腕を引っ張られた痛みで歪んではいない。そこに浮かぶのは、真実を知られる恐怖―――。
 力ではスザクに敵わない。下手な抵抗をされる前に無理矢理包帯を解く。
 そこから見えたもの、それは―――。
「―――スザク。…なんだ、これは?」
「―――っ」
 六本か、七本か、一目では数えられないほどに走った細く深い傷。その範囲は手首から肘あたりにまでも亘っている
 実際に見たことはないが、それが何であるのかくらいは想像が付く。
「―――自分で、やったのか」
「――――」
 今にも泣きそうな顔で下を向くスザク。
 ―――泣きたいのは、こっちだ。馬鹿が。
「……何故こんなことを」
 頭ごなしに責め立てたいのをなんとか堪え、冷静になれと自分に言い聞かせる。
「………」
 だがスザクは泣きそうな顔のまま、黙って首を振るだけ。
「スザク」
 今度は少し強めに名を呼ぶ。しかしスザクは思い詰めたような顔で押し黙ってしまう。
「……俺には、言えないのか?」
「………」






 ―――それから、どれほどの沈黙があっただろう。
 変わらぬ表情で、スザクはのろのろと口を開いた。
「……―――言えない…し、言いたく、ない……。君には……」
「――――」
 ―――……『俺には』―――か……。
「それは……俺の気持ちを理解した上での、言葉だな…?」
「―――……そう、だよ……」
「俺とお前は同じ気持ちだと思っていたが……そう思っていたのは、俺だけだったということか?」
 半ば諦めにも似た思いで口にすると、しかしスザクはそれには首を振る。
「違う―――」
「だが、お前の言うそれは、そういう意味じゃないのか?」
 思わず責めるような口調になるが、それにもスザクはやはり泣きそうな顔で否定を続ける。
「違う、そうじゃない。―――ルルーシュ、それは、違う」
「何が違う?」
 みっともない。
 まるで、男に捨てられるのを情けなく追い縋る惨めな女みたいじゃないか。
 自分がやっていることにそう思ってしまうのを禁じ得ない。それが理解っていても、スザク、俺は、お前のことだけは、例えどれだけみっともなくたって、諦めるつもりは、ない。放すつもりも、ない。
「、ちがう、んだ―――」
 幼子のようにただただ首を振りながら、今にも涙を零しそうな翡翠色の瞳。俺の好きな色。


 泣かせたいわけじゃ、ない、のに―――。



「―――っ、ルルーシュっ!?」
 未だ掴んだままだったスザクの腕。衝動的に手首に口付ける。傷だらけのそれをなぞるようにキスし、優しく舐めあげる。
「っ、ルルー、シュ……」
 こんなことで傷が癒えるわけではもちろんないが、ひょっとしたら残るかもしれない傷痕を、少しでも消したかった。ただでさえお前の身体は傷だらけだというのに。
 優しく優しく、何度も往復する。
 そうしているうちに、自分の中にあったどうしようもない憤りが少しずつ少しずつ治まっていって、替わりに違う、やわらかくてあたたかい気持ちが湧き出してくる。
 スザクは、最初こそ驚きに身じろぎはしたものの、俺の行為を拒絶するようなことはなかった。
 たくさんの細い傷。
 痛々しいこの腕。その身体。
 スザク。お前が俺に何も言わないのなら、もうそれでもいい。その理由すら言ってくれないのが少し哀しくて悔しいが、それでもいい。だってそんなことで俺の気持ちが変わることはないし、俺が、護ってやるから。スザク。
「っ、ルルー、シュ、―――っんぅ」
 ほんの少し強めに手首を吸ってから、今度は噛み付くように唇にキスをする。
 強引に割り入って怯えて引っ込んでいた舌を絡めとると、最初は躊躇っていたそれも徐々にこちらの動きに合わせてくる。
「……っふ、ん……っぁ……は……」
 しばらく貪っていたそれを、俺の服を掴むスザクの手が緩んできた頃にようやく解放してやり、力の限り抱きしめた。
「……ルルーシュ…?」
「―――……もう、いい。悪かった。今のは忘れてくれ」
「―――ル」
「お前が一番辛いんだもんな」
「―――っ」

 抱きしめているせいで今は見えない腕の傷を思いながら言う。
 そうだ。あのスザクがこんなことするくらいだ。余程の何かがあったに決まってる。
 きっと誰かに言えるくらいならこんなことしていない。誰にも言えないから、こんなことをするに至ったんだろう。
 だったら、俺がすることは追求なんかじゃない。俺がすべきことは、俺がスザクにしてやれることは。

 俺の言葉にスザクが息を詰める気配がする。おずおずと俺の背中に回されようとしていた手も止まった。
 きっとまた、泣きそうな顔をしているのだろう。
 その何かを俺にさえも言えないというのなら、俺にだから言えないというのなら、俺が言ってやれることなんて幾らもない。俺がお前にしてやれることなんて、ひょっとしたらたいしてないのかもしれない。
 けど、それでも、俺は、お前を―――。


「―――もう無理に言えなんて言わない。言いたくないなら言わなくていい。だが、スザク。それでも、もしどうしようもなくなったら、俺のところに来い。肩でも背中でも胸でも、好きなところを貸してやる。少しは俺を―――頼れ」
「―――っ、ル ルーシュ……」
 止まっていた腕が、そのまま俺の制服を掴む。その手は微かに震えていた。
 そんなスザクの様子に、思わず抱きしめる腕に力がこもる。
「……俺の隣はいつだって空いている。片方はナナリーで埋まってるが、もう片方は、スザク。お前の為にある。―――それを忘れるな」
「――――」
 無言で頷くスザク。二、三度そうしたかと思うと、中途半端な位置を掴んでいたスザクの手が、しっかりと背中に回された。そして俺より強い力で抱きしめ返してくる。
 それにほんの少しの苦しさを覚えるが、そんなことは気にならないし、それさえもいとおしく思う。
 俺の肩口に埋まるスザクから鼻を啜る音が聞こえたけれど、それが、むしろ嬉しかった。














































 けれど、それが俺のただの自己満足で、結局のところ何一つスザクの救いになどなってはいなかったのだと思い知らされるのは、それからしばらく経ってのことだった。

 そのときのスザクの悲痛な(さけび)を俺は決して忘れないし、そのときに痛感した自身の無力さと愚かなまでの傲慢さを、俺は今でも憎んで止まない。




































07.06.30




 当社比1.5倍くらいは黒いルル様です。
 書き始めはそんなつもり全くなかったのですが、いつ間にか黒くなっていっちゃって…。
 でもそれについて管理人が思ったことと言えば「あれ?」よりも「やればできるじゃん!」でした(笑)。
 前ジャンルの好きカプでもそうだったんですが、基本黒い攻めが大好物にも関わらず、何故か自分が書くと白くなったりヘタレになったりするんですね。
 このルル様も充分ヘタレな気もしますが、黒さについては前ジャンルも含めて今まで書いてきた中で一番黒いかもよ!(喜)
 ……この程度で?なんてツッコミは管理人のやわな心の為にもやめてやって下さい…。

 ところで管理人は自傷ネタが大好きです(危)。
 スザクにはSな管理人の嗜虐心をいたく擽られるので、書くのに躊躇いは全くありませんでした(笑)。
 だってあのショック映像の後にあんな普通にいられるなんてオカシイよ絶対…。
 12話が始まる前は、スザクがあの後どうなっているやら不安ながらもとっても楽しみにしていたものです(危)。
 そしたら予想以上に普通でがっかりしました…(非人間)。
 だからこの話は、あそこに至るまでに絶対なんか一悶着あったよ!という管理人のある意味願望を込めて考えたお話です。
 ただ『咎人は〜』でも書きましたが、管理人は基本的に物事を一つに断定するのはあまり好きじゃありません。
 なので、これも可能性の一つとして考えたお話です。
 もっとスザクがヤバイ状態に陥ってる感じな話も管理人は大好物ですとも(危)。
 でも自傷ネタ駄目なのにうっかりこれ読んじゃった方はすみませんでした…。

 そしてルルにはこれくらいは言って欲しかったです。
 もちろんこんなちょっとアレな台詞でなくてもいいので、何かスザクに対して言って欲しかったなーと思うのです。
 まあ実際にはスザクが予想以上に普通な状態だった為に、何か言うもクソもなかったんですけどね(チッ)。
 絶対あれ普通過ぎだって…。
 11話直後に、さほどの時間を要することもなくスザクが普通の状態に戻ったのだとしたら、単にスザクの自制心が優れているだけなのか、或いは余程スザクが歪んでるかのどちらかだと思うんですけどね…。
 ちなみに管理人はどちらかと言えば後者の方が好物かもしれません(危)。

 …すみません、危ない管理人で。
 でもあまり反省する気はありません(笑)。




   …ていうかここだけの話、管理人はこの話で初めて触れ合うだけでないキスを書きました…。
   実はずっと携帯で打ってたこの話、携帯のボタンのせいか、当初予想してたより恥ずかしくはなかったです…。
   Sな癖にチキンな管理人ですみませ…。